えっ?またウザいっすか?


古代ギリシャ文明で始まった学問・哲学。

「神様の創造論」以外の方法で「人間が生きてる意味」を説明する方法を考えた時、それも哲学となったんね。

う~ん、ちょっと言ってること分かんないよね、大丈夫俺も分かんない。

フリードリヒ・ニーチェって知ってる?

19世紀の哲学者のおじさん。

こんな感じの人。

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なんだか有名だよねこの人。

今日はこの人の話するね。

1844年~1900年のドイツの人ね。

まあ、なんで有名かっつーと彼の出した哲学書が理由なんね。

本の名前は、「ツァラトゥストラ」ってやつね。
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 ↑これ当時の初版ね。

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)
フリードリヒ・W. ニーチェ
河出書房新社
2015-08-05


 ↑日本語訳ね。


原本は全部で四部作ね。

この本の中でツァラトゥストラって言う名の男性の物語を通して、当時のヨーロッパでは当たり前の"キリスト教信仰”以外の方法での"素晴らしい人生の歩み方”ってのを説いたんね。

まあ、元々ニーチェって人は牧師の家系に生まれたんだけど、どうしてこうなっちゃったのかね。

ひねくれてるね。

超省略して生い立ちを紹介すると、ニーチェは子供の頃から天才で大学の時にリッチェルって友達と書いたギリシャ・ローマの古典文献学の研究成果が凄すぎて、なんと24歳でスイスのバーデル大学の教授になっちゃったんね。

もう、超天才なんね。


でも、人生って上に登ると滑り落ちる確率が高くなるよね。

その後、書いた『悲劇の誕生』って本が独創的過ぎて学会にアホ扱いされるようになっちゃったんね。

可哀想なんね。

んで、挫折のさなか38歳の時にローマでルー・ザメロっていう21歳のロシア貴族美女に出会って恋したんね。

んで、ニーチェ、2回もプロポーズしたんだけどフラれたんね。

ホント可哀想なんねニーチェ。 

何が可哀想かって、ニーチェぐらいの偉人になると100年以上前の彼の失恋を俺が知ってるっていうね。。 

しかも、そのルーっつー女が割りとビッチだったみたいで、ニーチェの友達のレーってヤツにも求婚されてたんだけと、そいつもフったクセに、「ニーチェとレーと3人で住もうずwwww」とか言い出してんのね。

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(当時の3人の写真)

んで、実際に3人で住むんだけど、その状況が気に入らないニーチェの妹が場外参戦して3人の中を引き裂こうとしたんだけど、ルーとレーは結局デキちゃって、ニーチェを置いて2人で出ってっちゃうんね。

ニーチェ、2度目の大きな挫折ね。

天才として歩んで来た人生に、二つの風穴ね。

俺はとっくに蜂の巣なんね。

んで、コンニャロオオオ!って訳で、だああああっと書いて翌年1884年に発表したのが「ツァラトゥストラ」ね。

本の内容は、その男(ツァラトゥストラ)が10年間、山に篭って知恵を蓄え、皆に真理を伝えよると下山して人々に真理を解こうとするって話しっすわ。

↓全体的に書いてあることはこんな感じ。
  • 神は死んだ。
  • 人は愛すべき存在。
  • ニヒリズム(天国ねえなら、今、何しても無意味じゃんって思う気持ち)の克服。
  • 人は他人への恨み、妬み、嫉みという(ルサンチマン)を克服しなければならない。
  • 永遠回帰の思想によりそれが成され、活力の漲る人生を歩める。
ってまあ、ちょっと分けわかんないんだけど、隣人愛とか他人の悦びや神との契約ばかりの聖書の言う善悪なんか放っといて、他人を恨んだり妬んだりせず自分がハッピーになる為に自分の心の良し悪しで考えて行動しようぜw そうすれば嫌なことがあっても、この人生最高だ!って思えて、生まれ変わっても、もう一度この人生を送りたい(永劫回帰)って思えるから!!って話ね。

ニーチェが言いたいことは、超絶幸せ思考 without 神って事ですわ。

なんで、神理論ってかキリスト教の教えが正しくないのかと彼に言わせると、聖書の一節に「裕福なものが神の国に行くことは、ラクダが針の穴を通るより難しい」って言葉があるんだけど、ニーチェ曰く、この考えは金持ちへの妬み(ねたみ)嫉み(そねみ)であり、人を羨んだり、嫉妬したりするルサンチマンの克服とは相なれないってのが考えらしいんね。

ニーチェの言う、ルサンチマンってのは、「他人への恨み妬み嫉み・自分が上手く出来なかった事への言い訳・無力からくる歯ぎしり・無力感・ウジウジ心」って感じのことね。

んで、『これが人間が喜びを感じる力を弱くするから克服せなアカンで~』って話しね。

んで、『神や他人の事は放っとけw 自分が如何に自分自身を盛り上げるか次第だべ』って事かね。

ちな、それが出来て、永劫回帰の思想に行き着いた人をツァラトゥストラの中で「超人」と呼び、高みを目指さなくなり、なーなーに生きてる人達を「ノミのような人・動物に近い末人」って呼んでるんね。

ってまあ、これを用意てキリスト教以外の方法で人生の価値を見い出せなかった当時のヨーロッパ文化に新しい選択と価値を与えたんね。

ってまあ、偉そうな感じだけど、結局は子供の頃に神童と呼ばれたのにロクな人生歩めなかったニーチェ自身の認証欲求なのかね。

挫折から這い上がるために誰かに自分の凄さを認められたいっていう発想かね。

神の言う隣人愛ではなく、自分に起こる出来事を愛する運命愛。

まあ、俺より良いこと言うよね。


でも、ツァラトゥストラの一節に鐘の声ってのがあって内容が、

ひとつ! おお!人間よ、よく聞け
ふたつ! 深い真夜中は何を語るか
三つ! 私は眠った 私は眠った
四つ! 深い夢から今目が覚めた
五つ! 世界は深い
六つ! 昼が考えたよりも深い
七つ! 世界の悲しみは深い
八つ! 悦び、それは心の底からの苦悩より一層深い
九つ! 苦しみは言う「終わってくれと!」と
十! しかし、すべての悦び永遠を欲する
十一! 深い深い永遠を欲する
十二!


もう、六つ目でコーヒー吹くよね。 

あと、十二ね、何もねえのかよって思うよね。

もう、絶対イッてるよね。

まあ、俺が凡人過ぎて解らないだけなんだろうけどね。

ニーチェ

『超人を目指して没落せよ』

『精神がラクダにになり、ラクダが獅子になり、最後に獅子が幼子になる有様を』

『すべての「こうあった」を「私がそう欲した」に作り変えること、それこそ私が救済と呼びたいものだ』


もう、ニーチェさんの言ってる事がたまにしかわかんないっすよ。。

んで、ニーチェさん結局、最後は心を病んで死んじゃったんすよ。

って訳で、世の中、自分にとって何が正しいのか何て分かんないね。。

んでまあ結局、何を言いたいかって言うと、『神様が居ても居なくても、程々にしておこうね。 あんまり思想が偏ると幸せになれないどころか疲れちゃうぞw そんな事より、もうちょっとオーストラリアに関係すること書こうぜ俺!』って話でいいよね?

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